2012年5月、ロンドンのオークションハウス「クリスティーズ」で、1枚のゴッホの水彩画がオークションにかけられました。
それがこの《Pollard Willow》(柳の木)という作品です。この作品はゴッホがハーグに滞在していた時(1882年7月)のものです。ゴッホは油彩画というイメージが強いですが、油彩画のための練習としてよく水彩画を描いてきました。この頃のゴッホの絵は、茶色を基調とした暗めの作品が多く、今日知られているような明るい色彩ではありませんでした。
私の頭の中にも、1882年の作品は茶色系の絵ばかりというイメージがあったので、《Pollard Willow》に描かれた草の鮮やかな黄緑や、垂れ込める暗雲の切れ間に見える青がとても新鮮に映りました。遠くに小さく描かれた風車がオランダの風景を感じさせてくれてとても気に入りました。
頭を刈り取られた柳付近を拡大してみると、この作品が水彩であることがはっきりと分かります。少量だけ使われた空の青がとても美しいです。水彩画ならではの滲みもいいですね。
《Pollard Willow》はゴッホが弟テオに宛てた手紙の中でも言及されており、水彩画の最高傑作であると自ら評しています。手紙の中でゴッホはこの風景を陰鬱な風景と言っています。オランダの夏はこの絵のように暗雲垂れ込めたような天候が珍しくないそうです。暗雲や寂しげな風景、枯れた柳の木はこれからゴッホに待ち受ける孤独や病との戦いを予見しているかのようです。
ゴッホはハーグやドレンテ、ヌエネンで農民の暮らしや泥炭採掘の風景などを暗い色調で描いていて、見ている方も憂鬱になってしまいそうですが、よくよく観察してみると鮮やかな空の色と黄色~茶色系のコントラストが美しい作品がいくつか見つかります。《秋のポプラ並木の道》や《ヌエネン近郊のコレンの水車》がおすすめです。
この時代に茶色系を基調とした暗い色調の絵が多いのは、ゴッホがバルビゾン派やハーグ派といった画家たちの作品を手本にしていたためだといわれています。1884年頃になってくると、パリでは印象派の画家たちが新しい技法を用いてアカデミニズムからの脱却をはかるようになります。ゴッホはテオから暗い色調ではなくもっと明るく近代的な絵を描くように促されていたそうですが、強く拒んだそうです。ただこの頃から色彩理論を学び、補色による効果の実験も始めるようになります。ちょうど《秋のポプラ並木の道》がその良い例です。
この《Pollard Willow》を落札したのはゴッホ美術館です。落札額は $2,011,735 ですが、長年ゴッホ美術館の獲得希望リストに掲載されており、喉から手が出るほど欲しかった一品だそうです。《Pollard Willow》の落札により、これまで欠けていたゴッホ最初期の水彩画がコレクションに加えられました。この作品、今はどこに展示されているのでしょうか。日本に来てくれればとても嬉しいのですが…
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